暮らしのWEBエッセイ
世の中には無数の呪いがある。 大人になったらもう友達はできないし成長も鈍化するし一年は短くなるばかりで新しいことなんて滅多にない。 だが本当にそうだろうか?
いろんなことを、ちょっとずつ諦めてしまう日々だなぁ。 次男が一歳になり、トコトコ歩くようになった。歩くだけでなく、そこらじゅう登り、あらゆるものを引っ張り出し、片っ端から口に入れる。
目的は虎屋の羊羹だった。 義父の誕生日プレゼントに、虎屋の羊羹を買いに行こう。そう思い立ち、秋の週末、家族四人で新宿伊勢丹に向かった。
月曜日の朝は、たいてい少し哀しい気持ちが混ざっている。
生活への愛、それは今という時間への研ぎ澄まされた集中力に他ならないのだ。
久々に自由時間を過ごした。 夫が土曜日同窓会に行ったので、私は日曜日にひとり時間をもらった(こういう過ごし方、常に四人で行動する我が家にはめったにない!)
破滅的においしいコーヒーを飲んでしまった。 正直、今までで一番だった。
毎日、膨大な愛の言葉を注がれている。 「ママ、大好き」「大好きだよ…」「大大大好き」
2022年の夏が終わる。 私は何をしていたか? 読書である。
夏の週末をどう過ごすか。 大人二人なら一日中家にいてもなんてことない。涼しくてきれいな部屋で読書に映画三昧…想像しただけで贅沢で優雅でしかないのだが、〇歳四歳男子とともに家に籠るとジャングルのように散らかっていく部屋で過酷な持久戦となる。
「必ず折り畳み傘を持ち歩いてね、余計な傘を買わないでね」
自由を感じた瞬間、というものでいくつか記憶に残っているものがある。
赤ちゃんのお世話が大変で衝撃を受けている。
大晦日も、なんら変わりない冬の一日として終わった気がした。
久々に赤子を育てている。 新生児の育児についていえば、感想は前回と同じで「かわいい」以外にない。しいていえば、寝不足になるのが多少「大変」ともいえるが、それすらもちょうどいいスパイスにすぎない。鰻重における山椒のようなものだ。
読者の皆さん、一日遅れでメリークリスマス。 クリスマスといえばプレゼントですが、私がいま一番欲しいものといえば、もちろんお皿でも服でも化粧品でもなく、睡眠時間である。
11月の半ばであるが、年初に立てた目標を振り返ってみたい。 読者の皆さん、覚えておいでだろうか? 私が今年最初の日記の最後に、さりげなく目標を掲げていたことを…
理想の週末とはどんなものだろう。
9月21日、中秋の名月だった。
夫と暮らし始めて七年半、ずっと叶わぬ夢があった。 動物を飼いたい。 しかしペットの飼えない賃貸マンション暮らしであった。
人間は錯覚する生き物だ。 何年も一緒に暮らしていると、あたかも全て分かり合えているかのような感覚に陥る。ふたり並び、同じ花を見れば、同じような気持ちで愛でていると思い込む。
海外旅行が縁遠くなって久しい。 第一に新型コロナ流行があり、それ以前に子育て中であり、いや正直に言えば、そもそも旅行という行為は非常に面倒くさいという現実がある。
落ち着いたら近況を書くかな〜(今は手元にPCもないし)などと思っていたが、そんなことではブログは永遠に更新されなくなる。 何せ私たちは「落ち着き」さえすれば何だってできる生き物なのである。 落ち着いたら当然ダイエットは再開されるし、落ち着いた…
久々のブログとなった。 といっても一週間程度であるが、いつもちょっと前のことを書いてることが多いので、ここ最近の出来事を綴ってみたい。
お料理好きの祖母に、オーブンを買った。 買った、と言ってもプレゼントではなく単にインターネット環境にない78歳の祖母に変わって楽天で注文しただけである(翌々日には大分に到着した) 我が家とお揃いの、デロンギのコンベクションオーブン。
2月14日、バレンタインデーである。 皆さん、いかがお過ごしでしょう? 私はと言いますとまずバレンタインデーである前に週末、ここで一週間分のエネルギーをチャージせねばならぬ、しかし夫は土日とも仕事。つまり…
先日、誕生日を迎え33歳になった。
週末は雨だった。 スーパーに一週間分の食材を買い出しに行き、一つ一つ除菌シートで拭いてから冷蔵庫にしまう。この一大タスクをクリアした後は絵本を読んだり絵本を読んだり絵本を読んだりしている。雨の恐ろしさよ。
「息子は小さな恋人みたいな存在」などという言説がある。 街中の公園のあらゆる地面という地面に転がる恋人。冷凍の唐揚げとコロッケしか食べない恋人。トーマスのシールを全身に貼り付けて歩いている恋人。恋人の概念が狂い始める。
この夏、ひとつの大きな決断をした。 炊飯器の買い替えである。