子どもを寝かしつけたあと、如何に過ごすか。
「もし二人とも寝落ちしなかったら、何か一緒に見たいよね〜映画とかドラマとかいいよね〜」
そんな会話をたまにしている、仲睦まじい雰囲気の私と夫。実際ケンカもない。夫は朝食も用意してくれるし洗剤も詰め替えてくれる、素晴らしい人である。
じゃあ一緒にドラマ観てるんですか、映画観てるんですか、といえば……
完全に否である。
寝かしつけ後の貴重な自由時間に、同じもの観るなんてあり得ないんですわ。
疲れすぎてほぼ毎日寝落ち、奇跡的に二人とも起きていられた日は、寝室を出てニヒルな笑みを交わしたが最後、我々は完全に別行動に入る。
一切交わることなく同じリビングで夫はスマホで動画を見て笑い、私は本の世界に没入、もしくは別の部屋で刺繍をしている。そのときお互いの存在は完全に「無」である。
貴重な、このめったにない夜の時間。変に歩み寄ってお互い中途半端に興味ないものを共に観るなどという無駄が許されるだろうか、否。おのおの疲れ果てた我が身を全力で癒さねばならないのだ。
世の中はオリンピックで盛り上がっている。
それがわかるのは、今日は何の競技の何の試合が何時からある云々、夫が盛んにチェックしたり報告してきて、隙あらばテレビをつけて応援したり絶叫したり悔しがったり手に汗握ったり絶望したり、忙しそうだからである。
夕食時、テレビにはゴルフの試合が映し出されていた。背景に空と塔が映り、2歳次男が声を上げる。
「スカイツリーだッ！」
「ほんとだね〜！」と笑って頷く私を、恐怖の表情で慄き見る夫。
「エッフェル塔だよ……ここパリだから……」
ゴルフのルールはもちろん知らないが、それ以前の私である。
「ayakoさんは、本当に1mmもオリンピックに興味ないよね」
軽蔑の眼差しで指摘されたが、そのとおり。私はオリンピックはもちろん、スポーツ全般においてやるのも見るのも全く興味がない。もちろん選手の方々が頑張っているのは素晴らしいことであるが、別に日本のメダルが何個とかそういうのは全くもってどうでも良い。
試合後興奮して喋ってくる夫に対し、「へ〜よかったねー」「ざんねんだったねー」などといった、AIも呆れるほど雑な返答を平然と繰り出している。
そんな私はオリンピックを見ないで何をやっているか。読書である。
今、めちゃくちゃハマっている本がある。『旧町名さがしてみました in 東京』という本で、東京23区の昔の町名とか歴史がユニークに紹介されている。
東京の昔の街並みを見たり想像したりするのが大好きな私にドンピシャの一冊。散歩したことがある縁の街も知らない街も、とにかく読んでいて面白い。図書館で偶然見つけてから、気に入りすぎて買い直して読んでいる。
静かに読むだけなら良いが、私はそこで得た知識をどうしても逐一披露したい。
「ねぇ知ってた？ 江東区役所って昔は東陽町じゃなくて白河にあったんだって！」
「麻布台ヒルズができた麻布台1丁目って昔は我善坊町って名前で再開発前はこんな街並みだったらしい。すごくない？！」
などはまだ良い方として、
「墨田区の緑って昔は緑町だったんだって。錦糸町は実は昔の町名で今の住所は錦糸なんだね。というのも……」
こういった、興味のない人にとっては至極退屈な話を延々と語る私に、夫は菩薩の微笑みを浮かべて頷いている。一通り今しがた得た豆知識を披露し終わると、満足して去る私。
ほどなくしてオリンピックの何らかの試合が始まり画面に見入る夫。興奮気味に喋り始める。
「今のすごかったよッ！〇〇が△△であとちょっとで同点だったのに□□が何たら何たら……（略）」
私の耳には透明なイヤホンが即座に装着される。無表情で「ハーソウナンデスネ」と数十年前のロボットみたいな返事をしてやり過ごしていたら、
「酷すぎるッ！さっきはよくわからない町のうんちくをちゃんと聞いてあげたのに」
そう、夫は菩薩の微笑みだったのに、私はロボット。冷たく思われるかもしれない。しかし、ゆったり本を読む時間をこよなく愛する私にとって、オリンピックは邪魔でしかないのだ。
早く寝かしつけて夜時間を獲得したいのに、夕食時から延々と流される試合、騒がしい一喜一憂、子どもは寝ないし私の読書時間は何処へ。
「早くオリンピックが終わってほしいよ」
忌々しい口調で夫にそう言うと、全く同じトーンでこう返された。
「早くその地名の本読み終わってほしいよ」
お互いを尊重し喜びを分かち合う関係、から一億光年ほど離れた結婚11年目の日々である。
いえ、仲はいいんです。ほんとです。いつか一緒に映画やドラマも観たい、そう、ものすごく暇で時間がいっぱい余る時がきたら、いつか……
Sweet+++ tea time
ayako
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