四歳男子から毎日愛の告白を受けている話

毎日、膨大な愛の言葉を注がれている。

「ママ、大好き」「大好きだよ…」「大大大好き」

ここ最近、4歳長男は口癖のように、呼吸するかの如く、それこそ一日100回くらい「ママ大好き」と言ってくれる。

こんなふうに書くと、さぞ素直でおとなしい男の子を育てているかと思われるかもしれない。だが安心してください。「ママ大好き」と言いながら一日中元気に暴れている。なんなら愛を叫びながら癇癪も爆発させている。

「人は自分の思い通りには動かない」

母に教わった人生の知恵の中で、ダントツで役立っているのはこれである。

*・*・*

 

4歳を連れベビーカーを押し、公園とショッピングモールを歩く日々である。

調子のいい日がある。

秋だ。明るいうちに散歩に出られるようになり、世界は喜びに満ち溢れている。空は高く澄み渡り、単調な公園も涼しいだけで天国のよう。長男も4歳になって、すっかり落ち着いてきたなぁ。

金木犀の香りに包まれながら、長男が大量に作る泥団子を眺め、喜んで食べる振りをし、相変わらずちぎりパンのような赤ん坊の手を握る。なんて柔らかく、甘やかな時間なんだろう。

(私、もう何もいらない…)

下町の古ぼけた児童公園で、私は完全に宇宙と一体化する。幸せはここにあるのだ…

しかし、そんなブッダな一週間があれば、エネルギーを吸い取られ屍と化す一週間もある。

絶不調の日。一体化したはずの宇宙から見放され、勢いよく落下する。何度説得しても公園から出てくれない4歳児。砂場には大量の泥団子、食べる振りも限界である。赤ん坊は強烈な声で泣き出した。あれ、変だな…全然めちゃくちゃ大変じゃん…

(とにかく、座りたい…)

金木犀が香ろうと秋の空気が涼しかろうと、もはや完全に無力である。

こんな日に私を癒してくれるのは、そう、ただ一つだけなのだ…

*・*・*

 

屍モードのある日、公園の後ショッピングモールも歩き回り、遅い夕方になった。

「ママ、ジュース飲む?」

18時近い。ここからお風呂晩御飯歯磨き寝かしつけと夜のタスクが詰まっている。正直速やかに帰りたい。私は悩んだ。しかし足もクタクタ、ベビーカーで赤子は熟睡中だし、説得も面倒だし、まあいいか…

フードコートに向かう。ふと思い立ち、某国民的ドーナツ屋のショーケースを眺め、聞いてみた。

「食べてみたいのある?」

「うーん、これ。チョコレートドーナツ」

典型的なドーナツという形をした、焦茶色。絵本で見て知っているのだ。自分にもクリームがたっぷり入った穴の空いていないドーナツを選び、オレンジジュースとコーヒーを注文した。

席につき、長男はドーナツにかぶりついた。そう、彼はほとんど初めてドーナツを食べるはずだ。禁じているのではなく、なかなか新しいものを食べてくれないのだ。

「おいしい?」

「おいしい!」

最近、少しずつ食べられるものが増えてきた。こうして一緒にスイーツを楽しめる日が来るなんて!身体にいいものもジャンクなものも、とにかく幅が広がって楽しんでくれたらいい。

私は私で、熱いだけが取り柄なコーヒーと、穴の代わりにクリームが押し込められたドーナツに齧り付く。何(十年)ぶりだろう?子どもの頃は巨大だと思っていたそれも、ずいぶんと小さく感じる。それとも本当にサイズダウンしてるのかもしれないけれど。

典型的なショッピングモールの、だだっ広いフードコートの片隅、無機質なプラスチックのトレーに、チェーン店のドーナツとドリンク。いくらでも複製可能なそれらが掛け合わさって、世界でたった一つだけの複製不能なお茶時間が生まれる。

今日のこの時間は、もう二度と訪れない。どんな地味な一日だって、巻き戻せない。

当たり前のことに、胸が苦しくなる。

三歳、そして四歳になった長男と、毎日毎日、こうしてショッピングモールでお茶している。来年から幼稚園に通い出し、あっという間に小学生になる。一緒に過ごせるときは砂時計のようにサラサラと少なくなってゆくのだろう。今はまだひっくり返したばかりで、砂は永遠にあるような気がしているけれど。

甘すぎるクリームに、油の染みたドーナツ生地、それらを打ち消すようなコーヒーの苦味。じわじわと身体が回復に向かう。

ベビーカーで眠っていた次男が目を覚ます。柔らかく丸い指で目を擦る。大きな瞳が潤んでいる。

長男は焦茶色のドーナツをいくつか齧ったあと、真ん中の穴からこちらを覗いて微笑を浮かべて言った。

「ママ、大好きだよ…」

 

天使か。

そう、幸福は、いつだって目の前にあるものなのだ…

*・*・*

 

さて、いったい何を言いたいのかといえば、

甘いものの威力

である。

詰まるところ、糖質である。お茶である。ティータイムである。四歳男子の機嫌を直し、屍からブッダに私を変える。ささくれだった心を癒し、涅槃に導いてくれる。

生きることは容易くない。日々あまりにも簡単に挫折し、絶望し、途方に暮れる。今度こそもう駄目だと思っても、しかし一杯のお茶と甘いものは私たちを何度でも回復させるのだ。

ただ一つ、忘れてはならないことがある。

お茶時間はまやかしである。だからこそ魔法がかかったように人は癒され、血糖値は上がり、そして糖質は麻薬のような幸福感をもたらした後あっという間に脂肪へ変わる。変わらない現実だけを残して。

*・*・*

 

ショッピングモールの帰り道、先ほど天使のような微笑を浮かべていた四歳男子は顔を赤くして爆発していた。

「行かないよ!帰るじゃなーーーーいッ!こっち入るッ」

知らないマンションのエントランスに入ろうと全力で引っ張ってくる。暴れている。幸福に包まれたはずの親子は、あまりにも早く修羅場に突入した。左手にベビーカー、右手は猛犬で腕がちぎれそう。

あらあら大変そう…がんばって…という人々の視線が突き刺さる。静かな住宅街に甲高い声が響き渡る。

「ママ大好きーッ!」

大好きなら言うことを聞いてくれ。

毎日、膨大な愛の言葉を注がれている。

モテるってこんなに大変だったんだ。

Sweet+++ tea time
ayako

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