手帳に書き留めるほどのこともない地味な日常を愛すること / 中村航『恋を積分すると愛』

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毎年、一月とか二月はおろしたての真新しい手帳に熱心に日記を書き留めてきた。一日の過ごし方、楽しかったこと記録、食べたもの、体重、TODOリスト、やりたいこと。

マスキングテープやイラストで装飾を施し、悦に入る数ヶ月間を経て、気づけばそう、手帳の存在ごと忘れている。

たまに思い出したように愛想のない文字でまばらに書き散らしてあるのは、日常の雑用お買い物リストのみ。気づけばもう年末である。

尻切れトンボ。それが私の手帳使いを最も端的に表す言葉だろう。最初だけ細かくて、どんどん文字が大きくなっていく小学生の手紙やノートそのものである。

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今年はもう、そんな自分の尻切れトンボ的展開にもすっかり慣れてしまったので、潔くシンプルで軽いマンスリー手帳にした。自由ページに一週間の(実用的&楽しい)TODOリストを書くくらい。

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別にこれは日記を付ける時間がなくて悲しい、みたいな話ではなく、そもそも気づいてしまったのだ。

細かく書いた日記を、自分がまったく読み返さないタイプの人間であることに。

その時々のいいなぁと思った瞬間とか情景とか子どもの成長とか、何か心に留めたいと思って書いたものも、過ぎれば特段の興味がない。なぜか読み返そうという考えにすら至らないのである…(そしてあっさりと処分する)

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話は突然変わるようだが、先日、二歳の息子が三億年ぶりくらいに昼寝をした。

奇跡の空白時間、突然のことで何をしたらいいのかわからなくなり、とりあえず図書館で借りた文庫本を読み始めた。

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おそらく数年ぶりに読む(実はサイン会に行ったこともある)中村航の『恋を積分すると愛』。

ほぼ初対面な二人の気まずいデート中、なんとなく入ったカフェの描写。

運んでもらった水を一口飲むと、少し落ち着いた気がした。他のテーブルから楽しげに話をする声が聞こえる。藤の椅子も白木のテーブルも、感じがよくて、慣れ親しんだもののように感じる。

特徴的な描写は何もないのに、これまでの小説の流れだろうか、私は一つのカフェのことを唐突に思い出した。下北沢にある、サンデーブランチ。

19歳、初めて友達に連れてきてもらった日、大学に入りたての爽やかで初々しい春の気配と、天井が高くて光に満ちたこのカフェは記憶の中で強く結びついている。薄紫色のカーディガンを着ていた。下北沢というおもちゃ箱のような可愛い街を初めて知った日でもあった。

すっかりこの店が気に入り、20代の頃は繰り返し訪れた。母とも一緒にランチをしたし、思えば25歳の頃、夫との初めてのデートでもここでお茶をした。やっぱり春だった。サンデーブランチは銀座のマロニエゲートにも出店していて、東京の東側にいることが多くなってから、銀座店でもお茶をした(こちらはもうない)

マロニエゲートといえば、その前のプランタン銀座も無くなっちゃったもんなぁ、フランス語のアナウンスの異様さが面白かったのになぁ。

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また別の物語で(短編集なのだ)、真夜中の半導体工場の、小さな昭和的食堂が出てくる。

僕らはそれぞれの夜食を注文した。カレーが二百五十円で丼が三百円、定食が四百円で、頼めばどれも大盛りにしてくれる。お金の受け渡しも含めて十数秒で、年配の店主は僕らの夜食を用意してくれる。

うわ〜ッと一気に頭の中は会社員だった頃の食堂にワープしてしまった。一人暮らしを始め、家具やら雑貨に散財していたら貯金が底をつき、かつかつだった頃である。

社員食堂では特別にカレーが250円だか200円だかの時期があり、これ幸いッ!と私は常にこのカレーを食べていた。同じくお金のない単身赴任の上司、その他別に全然カレー以外も注文できるふつうに裕福な(?)同僚たちも、一緒にカレーを食べてくれた。

お給料日までの日々、昼は200円のカレーで、そういえば夜は140円のパンを食べていた。白金高輪のキムラヤという小さな昭和的パン屋さんが好きだった。そのお店も閉店してしまった。140円のお惣菜パンは、とびきり美味しかった。

*・*・*

 

もはや連絡先も知らない、でも仲良しだった友達や、今はない百貨店、マロニエゲートが3号館まで増えたことを知らず待ち合わせに失敗した日、閉店したパン屋さん、すっかり足が遠のいた街と、白く明るいカフェの空気感。とっくに手元にはないカーディガンの淡い紫色。初デート、その隣の席では見知らぬカップルの別れ話が進行していて、心ここにあらずだった25歳の夫。

普段はまったく思い出すことのない記憶の断片たちが、砂時計をひっくり返したみたいにサラサラとあふれて出てくる。

それは私の場合、決してぎちぎちに書き込まれた日記帳を読み返すことではなく、余白の時間に手に取る、一見なんの関係もなさそうな物語の一節からふいによみがえる。思い出というのは、忘れた頃にもらう贈り物のようなものだ。

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だから日記を必死でつけなくても、すべてを写真に撮らなくても、記録に残さなきゃと焦らなくても、大丈夫(日々を記録することへ無類の愛を感じ、何年もブログを書いてる私がいうのも変なのだけど)

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最後にふたつ、とくに好きな描写を紹介しておしまいにしたい。

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学生時代に付き合っていた二人が、数年ぶりに再会して、日本橋のマンダリンオリエンタルからの夜景を目にしたとき。

昔、あちこち散歩したり、部屋でだらだらしたりというのが、僕らのデートだった。お互いお金がなくて、気の利いたところになんて行けなかった。素敵な夜景を見ることは一度もなかったけど、僕らはかつて、夜景の一部として、どこかで囁き合ったり、笑い合ったりしていた。

一日中家にいても、照明をつけていても消していても、半径数百メートルのコンビニに行っただけでも。今日の地味な営みが、誰かの目にする夜景の一部になっているかもしれない。そんなふうに想像するのは、不思議と心を広くしてくれる。

それはなんとなく、別の物語のこの一節にもつながっている気がした。

バンド練をして、曲を創って、ライブをして、深夜バイトをして ──。

自分のこんな生活がいつまで続くかはわからなかった。だけど生活や目標が変わっても、僕の人生は続いていく。他者から受け取ったり、自分で培ったりしたロマンを、やがて誰かに渡せる日がくる。

世界に放たれるロマンは、途切れることなく続いていく ──。

ロマン、日常生活で扱うことがまったくない言葉だけど(そういう言葉に出会えるのもまた読書のいいところ)、とても可愛い響きだ。

先輩からもらった富士山の石を、ロマンと名付けたというシーンの、この描写がとても好き。

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生活や目標は変わる。でももっと遠くて広い何かに、ちゃんとつながっている。

日記帳に書き留めるほどのこともない日常を、だから今日も安心して愛していこう。

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何が、というわけじゃないんだけどね。

突然の余白の時間、迷った時は本を読むか眠る、この二択が間違いない。

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Sweet+++ tea time
ayako

今日の一冊

恋を積分すると愛 (角川文庫)

恋を積分すると愛 (角川文庫)

  • 作者:中村 航
  • 発売日: 2017/07/25
  • メディア: 文庫

かわいい物語がいろいろ入っている。浅草から勝どきまで、隅田川沿いを延々と歩くシーンが入った短編もあって、下町好きにはたまらなかった〜!

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