Anazonで結婚相手をポチる日

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「とうとうAnazonで結婚相手がポチれるようになったらしいよ」

「うそでしょ」

「ほんとだって。ほら、今度結婚する池田さんも、旦那さんAnazonで見つけたらしいよ」

スタバで氷の溶け切ったアイスコーヒーを飲みながら、クミはなんでもないように言った。「本人は隠してるみたいだけど、課のひとみんな知ってるんじゃないかな〜」

思えば急だった。池田さんの結婚。

「たしかに、ずっと彼氏とかいないって聞いてたから正直びっくりした。池田さんも婚活してたんだ〜って」

クミがすらっとした足を組み替えると、エナメル素材のパンプスの先に照明が当たってテラテラと光った。

「むしろ婚活サイトとかより、ぴったりの人紹介してくれるらしいよ。購入履歴とかで趣味の合う人勝手にマッチングしてくれるしね」

まじか。なんか恐ろしいな。

「あたしも旦那Anazonで探そっかな〜」

「結婚してるじゃん」

「だってもっといい人いたかもしれないし。早まったかも。こんな便利な時代が来るなら、合コンなんて自分から行く必要なかったな〜」

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クミはいたずらっぽく笑うと、まだ仕事が残っているらしくオフィスに戻っていった。クミがいなくなった後も、席には淡い香水の匂いが漂っていた。結婚してて忙しい部署なのに、彼女はいつも綺麗にしてる。

*・*・*

 

半信半疑でAnazonのアプリを開いたら、いつの間にかメニューが増えていた。カテゴリー、プライム、フレッシュ、ビデオ、ブライダル。

ブライダル、これか…

恐る恐るタップすると、ずらりと男の写真が並んで思わずiPhoneを落としそうになった。

うそでしょ。

私は衝撃を受けつつも幾つかポチポチ押してみる。顔、全身、友達との飲み会の写真、旅行に行った写真。だいたい4〜5枚の写真がスライドで出てくる。

金額はマチマチだった。初期設定では一律5,000円だが、自分で変えてる人もいるらしい。「カートに入れる」の下には小文字で注がついていた。

※ カートに入れると購入申請が送られます。相手から受理されると、メッセージ機能が追加され料金が発生します。

承諾されるとAnazon内で一ヶ月メッセージのやりとりができるらしい。それで5,000円か。いい商売だな。

それにしても。

私は思わず苦笑してしまった。そこに並んでるのは、笑っちゃうくらい雰囲気のいい人ばかりなのだ。さすがAnazonという感じである。いったいなぜiPhoneの画面の中にはこんなにいい感じの男があふれてるというのに、実生活には現れないのだろう。

なんとなく眺めていた人の好きな漫画と購入履歴に目がとまる。あ、私もこの漫画好き。マイナーだと思ってたけど、意外と買ってる人いるんだな。

あ、こっちの人は趣味ロシア語だって。うそでしょ。タルコフスキーの映画DVD買ってる。懐かしいなぁ。よく見たら大学も学部も一緒だし。

あ、この人の買ってるフィルムカメラ、私も狙ってるやつだ。「写真が趣味です。よかったら覗いてみてください」Anazonドライブが公開になっていた。タップしたら、めちゃくちゃ素敵な写真が並んでいた。男の人なのに、ふわっとした写真を撮るんだなぁ。持ってる一眼レフは同じCanonのkissシリーズだった。私よりだいぶ前の型だ。ずっと写真が趣味なのかな。何気に家も近いし。

気づいたら数十分が経過していた。

「むしろ婚活サイトとかより、ぴったりの人紹介してくれるらしいよ。購入履歴とかで趣味の合う人勝手にマッチングしてくれるしね」

クミの言葉が腑に落ちた瞬間だった。なるほど年齢も住んでる場所も好みの傾向も、何かと私に近い人ばかりなのだ。

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「在庫あり。」「在庫なし。」「ほしいものリストに入れる」という見慣れた言葉がすごい違和感を発していた。他の商品と同じように星がつき、レビューもあった。信じられない世界を見たようで、でもいつの間にか慣れてきている自分にも驚いた。

好奇心と恐ろしさがないまぜになったまま、私はまとめサイトを見るように、まあ気楽な気持ちでスクロールしていた。いくら写真と説明が気に入ったからって、こんなとこから買うわけもないし。

瞬間、思わず指が止まった。

稲垣マサト(31)

恐る恐るタップしたら、出身大学も会社名も、知ってる限りの情報では確かにあいつだと思った。大学生の頃、付き合っていた人だった。

うそ、まだ独身なんだ。

ていうか、こんなの登録するやつだっけ!?

★★★★☆(3)

星4つにレビューも3件。

もちろんタップした。

「何度かメッセージをやりとりした後、銀座で仕事帰りにお会いしました。プロフィール写真でイメージしていたよりも大柄でした。交際には至りませんでしたが、親切な方でした。メッセージの返事がちょっと遅かったので星4つにさせていただきました」

「話は面白かったけど、こっちの話はあまり聞いてない感じでした」

「ふつうにいい人です。メッセージの返事が遅いと書いている人もいましたが、私は気になりませんでした」

そういえばあいつはメールの返信が遅くて、そのことでよく喧嘩したなぁ。

別れた男がAnazonに並び、そのレビューを見る日が来るなんて、失恋で傷ついた大学生の私には想像もつかない未来だろう。

それにしても、いつの間に登録してたんだろ!?

面白くて「Anazon ブライダル 登録」でググったらYahoo知恵袋のこんな質問がヒットした。

「Anazonブライダルから突然、購入申請が来ました。いったいいつの間に登録されてたんでしょうか?自分で登録した覚えはまったくないのですが…。解除する方法も教えてくださいm( )m」

共感した:112

閲覧数:291,295 回答数:10 お礼:25枚

▼ベストアンサーに選ばれた回答▼

benriyononakaさん

「アップデートの時の規約改定に、Facebookと連携したAnazonブライダルの自動申し込みが入っていたはずですよ。よく確認してみてください。どうしても嫌ならプロフィール設定からブライダル機能をオフにすることもできます」

▼質問したひとからの回答▼

「ありがとうございました。丁寧に説明してくださったので、ベストアンサーに選ばせていただきました。面白そうなので、やっぱり会ってみることにします!」

うそでしょ。ノリが軽すぎ。

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でも、自動申し込みって。 

Anazonで、恐る恐る自分の名前を検索してみた。

Facebookに載せている、もう随分前からほったらかしになっている伊豆旅行で撮った顔写真に、私と同じ名前の女が出てきた。こちらに向かって笑っているその顔は毎朝鏡で見ているのとそっくりだが、まるで赤の他人のように微笑みかけてくる。

私は思わず身震いした。

池田さんも誰かを購入したんだろうか、されたんだろうか。でもそこまでして結婚したいかな?やっぱり普通に出会いたい。

女ばっかりの会社で普通に出会うってなんだ、と自分で突っ込みながら、私はAnazonのプライバシー設定のページを探した。あったあった、これだ。ぼうっとしてると勝手に新たなサービスと連携され、辞めるときの手続きは自分で探さなきゃいけない。まったく便利になっているんだかなっていないんだか、訳のわからぬ世の中だ。ブライダル機能はオフにしよう。だって気味が悪いもの。

すると、iPhoneがブルッと震えて、トップに通知表示が出た。

「Anazonブライダル、購入申請が一件入りました」

うそでしょ。

私はオフにスライドしようとしていた親指の動きを一瞬止めて、通知に見入っていた。

 

(おわり)

*・*・*

 

出てくる人も会社も組織も(当然)すべて架空です。

妹がLINEで「今年の合コン全部不発!」と嘆いていたので書いてみました。こんな未来、どうだろうね?

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そうである。

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Sweet+++ tea time
ayako

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