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小名木川の灯籠流しと、転校生の女の子の記憶のこと【清澄白河お散歩日記】

EAST TOKYOお散歩日記 清澄白河お散歩日記

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無数の川が流れる東京下町、清澄白河。私はここに住んでもうすぐ3年になる。

7月の終わり、小名木川で灯籠流しが見られるらしい!もちろん、カメラ片手に見物に行ってきました。

「灯籠流しって、京都とか何か特別な場所の特別な川だけで行われるものと思ってたよ。こんな身近にあるなんて…!」

東京下町お散歩日記である。

東京下町の小さな川、小名木川が大好きです

楽しみすぎた私は、当日の朝、散歩がてら小名木川を見に行った(暇すぎたわけではない)。高橋のあたりは着々と提灯がぶら下げられ、いろいろと準備している人たちがいた。

ちなみに、季節は違うけど、明るい時間の小名木川はこんな感じ。

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春の小名木川。私の大好きな散歩道でもある。 

でも、夕方の小名木川もやっぱり綺麗。

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今回は、小雨の降るなか、夜の小名木川へ行ってきました。

初めて見る、小名木川の灯籠流し

夜7時。雨天決行とツイッターで見たので、重たい一眼レフを持って傘も持たずにあわてて高橋へ。

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橋の欄干に沿って提灯と旗が揺れ、いつもは忙しそうに歩く人がまばらにいるだけの普通の橋に、たくさんの見物客が来ていた。

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灯籠を載せた小舟がゆっくりと進み、静かな動作で中に乗った人々が灯籠をぽとぽとと川に落として行く。

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テントの中からはお坊さんの声がずっと聞こえていた。

実を言うと、灯籠流しって、花火大会のような単なる夏の風物詩だと思っていた私。宗教的な意味があることを、このとき初めて知ったのでした。

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話は突然変わるようだけど、小学生の頃、クラスにひとり不登校の女の子がいた。確か転校してきて数回登校したけど、それっきり姿を現さなくなったのだ。

まあクラスに一人くらいはそういう子はいるものだし、私自身、学校があんまり好きじゃかったので、気持ちもすごくよくわかる。

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もうすぐ林間学校という時期だった。どうやらずっと学校に来ていないその女の子が、林間学校に来るらしい!ということがクラスの女子の間で話題だった。「それってずるくない!?」みたいな話になっていたわけである。この年代の女の子というのはちょっと意地悪なさかりなのだ。

私もみんなの話を聞きながら、「これはどうしたものか…」などと思っていた。女子4〜5人で林間学校の班を作っていたんだけど、ちょうど私の属する班にはその子が入っていたのだ。

基本的に「いつも名前だけがある子」だったので、全然気にしてなかったけど、いざ来ちゃったらどうしよう、いったいどんな話をしたらいいんだ…。

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私を含め、クラスの子たちは思っていたのだ。いつも学校に来ていないのに、林間学校だけ来るなんてズルい。遊びの時だけ来るなんて。それってどうなの?もやもやもや。

今思うと笑っちゃうんだけど、子どもってちょっとしたことですぐ「ズルい」とかいいだすんだ。まあ、大人もか。

そんなこんなで、私は家に帰って母に言ってみたわけです。

「かくかくしかじか、いつもは学校に全然こない子が来るわけよ。同じ班なんだけど、私、どうしたらいいんだろう」

私も学校が嫌いだったので、もう、不登校なんて心底うらやましかったのだ。何をかくそう、幼い私もやっぱり「ズルい」とか「ちょっと許せないよね」とか思っていたわけである。

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すると母はキョトンとして言った。

「ふつうに優しくしたらいいんじゃない」

「え…そうか。ふつうに優しく…!」

拍子抜けといおうか、なんだか軽い衝撃ですらあった。

「そうだよ、ふつうに優しく話しかけたらいいね」

ああ、それでいいのかー。

なんか肩の荷が下りた感じだった。ふつうに、ふつうに優しく接すればいい、それだけなんだ。「ズルい」から懲らしめてやろうとか、冷たくしなきゃとか、意地悪な方向に流れがちなクラスの空気から、すっと抜け出した瞬間でした。

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まあ、それだけの話なんですが、ゆらゆらと灯籠が流れていく夏の夕闇に、私はそんな幼い頃の一コマを思い出したりした。

大人になっても、いろいろ悩みます。腹が立つこともあるし、傷つけられることも、逆に傷つけてしまうこともある。なんか腑に落ちないこと、理不尽だよなぁということもある。

ただ、どんなときも、「ふつうに優しくする」ということが、選択肢のひとつとしてちゃんと存在していることを、忘れないでいたいと思う。

さて、その子は本当に林間学校にやってきた。きっとものすごく緊張したと思う。ふつうに優しく、ごく自然に、私たちは話したり笑ったりした。そして旅行が終わると、いつもの教室にはやっぱり現れなかった。

不思議なことに、どこに行った旅行だったのか、何年生だったのか、他にどんな同級生がいたのかはまるで覚えていない。

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記憶のなかで小学生のままの彼女は、 こうしてときどき、大人になった私の前に現れる。母の言葉を伴って、生きて行くうえでの基本的で大事なことを、思い出させてくれる。

毎日を同じ教室で一緒に過ごさなくても、その子は確実に何かを残していった。 時間じゃないのです。

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小さな灯りが、ゆっくりゆっくり流れていった。7月の、雨の降る夜でした。

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ときに一番の基本を忘れてしまうほど、私たちは弱いのです。

いつだってその選択肢は、心に留めておきたいよね。

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ayako

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