事の発端はベランダだった。
我が家のベランダは狭い。とても狭い。手狭な東京賃貸古マンションなので仕方ないとして、その文字通り猫の額なスペースで私はベランダ園芸を始めようとしていた。
貴重なベランダを圧迫するものの一つ、室外機。これは植物棚になる木製カバーを設置することでクリアした。
もう一つがゴミストッカー。そう、我が家は24時間ゴミだし可の最新マンションなどではない。ゴミは決まった日しか出せないし、それまで自分で持っているしかないという原始的スタイル。しかも燃えるゴミの日は週二回、ストイックすぎる江東区を呪う。六年ほど前に買った古ぼけたベランダのゴミストッカーは常にパンパンで、時にはみ出し、ものすごく場所をとる。何より景観が最悪。
ゴミを減らしたい。
切実にそう思った。ベランダ園芸欲とおしゃれ欲だけが私を急速にエコロジストにしていた。ゴミを減らし、おしゃれで小さめのゴミストッカーに買い替え、グリーンを飾る。植えたハーブでサラダを作り、スープをこしらえる。それが私の進む道。とはいえ燃えるゴミなんてそうそう減らせるわけもない。
ペットボトル。
すべては君にかかっているのだ。
我が家は三人ともやたら水分を取る。
「みんな、かんぱいッ!」と一日に十回以上音頭をとってくる水好きの二歳児をはじめとし、二リットルの水のペットボトルは異常なスピードで消費され、ハイボール用の炭酸水ペットボトルも高速で積み重なる。もちろん夏だって熱い紅茶コーヒー飲みまくりな日々である。
本来ならウォータースタンドを置くのが自然であろう。それはわかっている。もう何度も検討してきた。だが我が家のリビングにそんな貴族な余裕はない。ベランダも極狭なら、部屋も極狭なのである。
先だって、友達とLINEしていたら日常の買い出しの話になった。
友達は生協で注文するものがないという。衝撃だった。
私は毎週二リットルの天然水を六本、一リットルのアイスコーヒーを三本買っている。それでは足りずにコンビニで買い足すのも日常茶飯事だ。
「水とかどうしてるの?!スーパーで買うの?!」
「水は水道水だよ!」
水道水。
蛇口をひねって出てくる水。それが飲めるという奇跡の国に住んでいながら、すっかりその存在を忘れていた。聞けば友人はちゃんと麦茶を作っているという。はああああ…これぞ家庭的な飲み物道(そんな道があるとすれば)
なんてしっかりしてるの!?!?
振り返れば幼い頃、家にはいつだって麦茶があった。子どもとは麦茶と牛乳を飲む生き物であった。冷たい飲み物といえば水とアイスコーヒーとハイボールな我が家、順調に天然水大好きな二歳児に育っている(背もやたら大きいが牛乳は飲まない…)
今、答えが見えた。
麦茶を、作ろう。水道水で麦茶を作ろう。アイスコーヒーも生協で買わないでちゃんと水出しで作ろう。これぞ倹約!そしてエコ!脱ペットボトルな生活でスッキリ綺麗なベランダ、植えたハーブでサラダやハーブティーを作る丁寧な暮らし。理想の未来は完全に私のものであるッ!
暴走しやすい性格である。
夢中になると一直線、ネイリストになろうと思って揃えた無数の道具、大量の赤いマニキュア、和菓子作りを習おうと思って初回に購入したキット、突然の熱に浮かされて定期購入したフェリシモの手芸キットは、長年狭いクローゼットを圧迫してきた。
友達とのLINEを終えた私が、鼻息荒く水出し飲み物容器をAmazonで注文したのは言うまでもない。
その丈夫さとシンプルさで絶大な信頼を(私が勝手に)寄せているiwakiの耐熱ガラスピッチャー。
私の小さな手でも簡単に注げる素晴しき設計。それでいてギリギリ500円台というリーズナブルさ。
なぜいきなり4本も買うのかと驚かれたかもしれないが、我が家は一日に二リットルの水がなくなるし一リットルのアイスコーヒーもなくなるし、洗い替えも考えたらこれは必要最低限。
水出し飲み物に燃えた私の勢いは止まらない。
すばらしいものを見つけてしまった。ブリタの浄水器ポットである。
ここに水道水を入れると、
様々な有害物質が除去された美味しい水が濾過されるというもの。1.4リットルが三分ほどでできるので、感覚的にはすぐに使える。これで水出しの飲み物はもちろん、お味噌汁も熱い紅茶もコーヒーもおいしい水で作れるッ!
ブリタ 浄水器 ポット 浄水部容量:1.4L(全容量:2.4L) スタイル ブルー マクストラプラス カートリッジ 1個付き 【日本仕様・日本正規品】 通常品
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- メディア: ホーム&キッチン
しかも3,500円というリーズナブルさ。
カートリッジの交換は必要だが、それでも1リットルあたり約7円という高コスパ。ウォーターサーバーを置く余裕のない我が家には神器と言えよう。
コーヒーパックもこのとおりである。
4パック入ったものを4つ。合計16パックあればひとまず半月くらいは持つであろう。
キーコーヒー 香味まろやか水出し珈琲 4バッグ ×4個 レギュラー(ドリップ)
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さて、主役の麦茶である。
どんなスーパーにも並んでるあの伊藤園のおしゃれ感皆無の麦茶パック(失礼)を、今こそ買う時がきた。
Amazonでさっそく検索して注文する。
54袋入りなのでこちらも一ヶ月くらい持ちそうだ。ワクワクが止まらない。
鼻息混じりでレビューも読んでみると、「一年でぎりぎり消費できるぐらいの量があります。買う方は、毎日消費する覚悟で買いましょう。」などと書いている人がいる。ネットショップのレビューというのはまったくどうしてこうも面白いのであろう。54袋で大げさすぎ。水分大好き三人組の我が家には、なんでもない量なのに。
あくる日、声高らかに笑っている私の元へ、宅配便が届いた。さながら大型家具のような巨大段ボールが運び込まれる。
あれ、私、なんか棚でも買ったっけ。
脳内で欲しい欲しいと思い楽天で穴があくほど眺めている植物棚を、いつの間にかポチってしまったのだろうか。
キョトンとしながら開封した時の、衝撃は忘れられない。
しかもね、これが一段じゃないという恐怖。
震える。
驚愕のままにAmazonの購入履歴を確認、商品ページに飛んだ私は己の間抜けさを呪った…
54袋×10本
水出し麦茶街道、まっしぐら。
どんなスーパーにも並んでるあの伊藤園のおしゃれ感皆無の麦茶パック(失礼)は、合計540個、我が家にやってきたのである。
もう、後戻りはできない。
狭すぎて発狂しそうなクローゼットになんとか空きを作り、かさばる麦茶パックを収納した私は、呆然としていた。あとは毎日、狂うように麦茶を作るのみである。
率直かつ親切なレビューを書いてくださっていた方を、なぜ鼻で笑ったりしたのだろう。数十時間前の、浅はかな自分を呪う。
いや、そもそもなぜ販売商品のタイトルをよく読まないんだろう。なぜ1,700円という値段を不思議に思わなかったんだろう(だが540袋で1,700円というのも安すぎやしないだろうか…いや、だからこそあの伊藤園の麦茶パックは素晴らしい定番商品なのであろう)
私は今、追われている。
仕事にでもなく、もちろん警察にでもなく、麦茶にである。
用心深い王子は茶色い飲み物を受け付けないのではないか…といった心配は杞憂に終わり、「むぎちゃ、おいしーっ!」と一口目から大歓迎。鬼のように飲む。私も飲む。夫も飲む。
麦茶とは、こうも美味しい飲み物だっただろうか…水より喉が乾く気がして、恐ろしいスピードでiwakiのピッチャーが空になる。
麦茶、アイスコーヒー、麦茶麦茶、アイスコーヒー麦茶。気づけば一日六回は作っている。王子が洗い物を阻止してくると、ただ容器を洗ってパックを入れるだけという単純な家事が進まない。
「あ〜麦茶作らないとッ」「アイスコーヒーもなくなったッ」「ひとりで遊んでる…今のうちに麦茶作ろう」「あ〜冷たい麦茶っておいし〜!」「お昼寝したらアイスコーヒー作らなきゃッ」
気づいたら飲み物のことばかり考え、飲み物に追われている。確かにペットボトルのゴミは出ない。恐ろしくエコ、ベランダのゴミストッカーも一つ処分が決まり、大分の植物園からハーブの苗も到着している。
だが、ハーブを植える時間がない。
なぜか?飲み物作りに追われているからである。
そう、これは空間の余裕を作ろうとして、時間の余裕を失った、愚かな女の話である。
ベランダでは、おしゃれ植木鉢に移されるのを待っている、愛しのディルやレモンバームが揺れている。
理想の暮らしは近くて遠い。
Sweet+++ tea time
ayako
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