ある夏の思い出の一コマを話そう。
22歳。大学4年の夏の1か月、私はロシアのウラジオストクに滞在した。ずっと勉強していたロシア語を使ってみたかったのである。
シベリア鉄道で小旅行へ
滞在中のある日、私はロシア人の友達二人と早朝から日帰り小旅行にでかけることとなった。
キッチュでカラフルな色使いが、たまらなく可愛いウラジオストクの駅。
ウスリースクという田舎町へ行きました
地図上では、こんな感じ。90キロメートルの移動である。
まだ薄暗い早朝からバスに乗ってたどり着いた極東の町「ウスリースク」は、だが本当に何にもないところなのであった。
美しい緑と、古い古い煉瓦造りの建物。
シベリア鉄道に乗って帰る車中で
車中から眺める外の景色はとんでもなく何にもない田舎であった。ボロボロのダーチャ(夏の家)が時々見えるだけの、ただただ静かで広大な土地。
そんな風景の一駅から、同じくらいの歳の女の子が乗ってきた。聞いてみたら、大人っぽい外観だけれどまだ10代。ラフな短パン姿で化粧っ気もない。
ロシア人の友達は実に自然な流れでその子に話しかけ、4人向かい合う席で、あっという間に仲良くなった。
初めて会った人に、気軽に話しかけること
そういえば、彼女たちはいつもそう、まわりの人に実に自然に話しかけた。
対して私は、日本においてほとんど人に話しかけずに日常生活を過ごしている。マンションでたま〜に見かける住人に挨拶こそすれ、エレベーターの中とかお店とか、居合わせた人に気軽に話しかけて瞬間楽しい時間を過ごすなんてことは、まずない気がする。
新幹線や飛行機で隣の席になった人とも、会話しないしなあ。
旅をして、心を溶かして
突然話が変わるようであるが、1970年代のアメリカ、72歳のハリーは一人暮らしをしていた。厳密に言うと、「一人と一匹」暮らし。奥さんも亡くし子ども3人は巣立ち、愛猫トントとマンハッタンの古いアパートで暮らしていた。
1974年製作のアメリカ映画「ハリーとトント 」である。
区画整理のためアパートの立ち退きを余儀なくされるハリー。頑固者で最後まで部屋を出まいとするのだけど、とうとう猫を抱きかかえたままソファごと階下におろされてしまう。(ここ、チャーミングで大好きなシーンだ!)
息子が迎えに来てくれたけど…
心配して迎えに来た息子のひとりは、「ぜひ一緒に暮らそう」とハリーを迎え入れる。だが、結局うまくいかない。息子の妻とソリが合わず、部屋数も足りなくて気を遣わせてしまう。気づけば妙に、息苦しい日々。
ひきとめる息子をなだめ、ハリーはまた出て行くことを決める。
猫とおじいさんの、のんびりな旅が始まる
こうして、ハリーは残り二人の子どもたちの住む場所へ、アメリカを巡る旅に出る。
そう、これは72歳のおじいさんが愛猫トントを連れて中古車で「ルート66」を旅していくロードムービーである(何十年も前に期限の切れた運転免許でね)。猫がトラブルになって飛行機も長距離バスも降りる羽目になっちゃたのだが、ハリーおじいさん、道中をかなり楽しんでいた。
偶然の出会いを、いつも愛している
72歳のハリーも、私がかつて驚いたロシアの女の子たちのように、初対面の人や通りすがりの人に実に気軽に話しかける話かける(そもそも、独り言もめちゃくちゃ多いおじいさんです!)
旅の仲間が増えたり、昔の恋人に会いに老人ホームを訪れたり、留置所に入れられちゃって、そこで出会った人に先住民族のおまじない的治療をやってもらったり。
最初はけっこう頑固者だったハリーだけど、旅をする中で、どんどん心が溶けていく。
結局ハリーはどこに落ち着いたの?
娘や息子たちは皆ハリーを慕っていて、「自分と一緒に暮らそう」と申し出る。だが、ハリーは彼らを愛しながらも、ちゃんと距離を持っている。
「お互いに頼り切っちゃいけない」と子どもたちを諭し、最後は海沿いのあたたかい町で、友達をつくり、ちょっとした仕事につき、新しい「自分の居場所」を見つける。
物語は、愛するトントを看取ったあと、似た猫を見つけた海沿いの風景で終わる。
映画を観終わったあとの、レストランで
映画を見終えた後、私たちはイタリアンレストランで、魚とジャガイモの料理を食べた。そこで「ハリーとトント」の感想を夫と言い合いながら、なぜかふいに、もう6年前のウラジオストクで過ごした夏を思い出してしまった。
偶然出会った女の子と楽しく喋ったシベリア鉄道の車中の記憶。
実はこの日、朝からいろんな映画情報をネット調べていた。でも東京で上映している映画って本当に山ほどある。無数の予告映像を見ていたら、何の映画を見たいのか、すっかりわからなくなっちゃったのだ。
偶然より強烈な出会いはない
「ハリーとトント」は大好きな猫がたっぷり出てくる最高の映画だったけど、実際のところ、どの映画を観たって私たちは何かと「出会う」ことができる。たとえそれがつまんなくって眠っちゃった映画だとしても。
心を溶かして、旅するように暮らせたら
知らない人とも気軽に言葉を交わして、思い立ったら町の映画館に入ってみる。そんなふうに過ごしたい。
あなたがどんなにインターネットの大海で入念に調べ、絶対失敗しない方法を考えても、「偶然」にかなう出会いはないのだから。
最初はリビングから何度も追放されていたのに、いつしかブログに出演するまでになった緑くんであった。
「偶然って、スバラシイね」
Sweet+++ tea time
ayako