初めての沐浴奮闘記

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先月生まれた息子は「王子」として我が家に君臨している。

キューピーのような間の抜けた見た目でありながら、この家のすべてを支配し、お気に召さぬことがあればサイレンのごとき泣き声をあげる。新品の瞳はウルウルで、見上げられれば即座に跪くしかない。王子だが「見上げ」てくるのがポイントである。

*・*・*

 

さて、超従順な召使いとして日々奮闘している私たち夫婦であるが、その任務のひとつに「沐浴」がある。赤ちゃん専用の小さなお風呂で体を洗ってあげるのだ。

私は里帰り出産をしなかったので、退院したその日から、夫とふたりで沐浴が始まった。

かよわき王子の前、私たちは奔走していた。Amazonでとりあえずポチっておいた沐浴に必要なあれこれを慌ててテーブルに並べ、産院でもらった本の「沐浴の手順」ページを血眼で読む。勉強していなかった人のテスト前日の様相である。

「だめだもう時間がない、ayakoさん、とりあえず始めよう」

「そうしよう!」

時刻はすでに22時を回っていた。

こんな生まれたての、柔らかい動物をお風呂に入れるなんて…

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私たちは緊張と汗だくで、王子初めての沐浴をなんとか終えた(産院でも一回やったのだが)

*・*・*

 

翌日は少しスムーズだった。お湯の中で王子も心なしか満足げな表情を浮かべていた気がする。温度計、入浴剤、ガーゼに綿棒。必要なものもテキパキと準備できるようになったし、私たち二人の呼吸も合ってきた。

沐浴ってさ、と夫は厳かに言った。

「幸せそうな顔をしてくれるから、やりがいがあるよね」

恍惚としている。この男、王子に喜んでもらうためなら月の石だって取りに行くだろう。

冷静に考えれば、洗う面積も小さい赤ん坊である。なんとなく身体の表面をサワサワすれば終わりなのである。だが夫の沐浴に対する意気込みは、まだ序章にすぎないのであった。

*・*・*

 

さらに翌日のことである。夫は熱心にYouTubeを見ていた。

「ayakoさん、ちょっとこれを見てほしい」

深刻な顔をして、プライベートビエラに動画を映し出す。見知らぬ赤ちゃんの沐浴風景である。こんな動画がたくさんアップされているとは。

「まずい、みんなかなり念入りに顔を洗ってるよ…」

致命的なミスを犯してしまった、といわんばかりに頭を抱えている。

「目尻とかもしっかり拭いてる…体を洗うのにかなり時間をかけてるよね…あ、髪の毛にシャンプーをつけてる…ベビー用のシャンプー買ったほうがいいのかな?…この家はソファーの上で体を拭いてるのか…」

様々な赤ちゃんの沐浴動画を見ては、感心したり絶望したり忙しい。こんなに勉強熱心な夫は初めてである。会社ですすめられた資格の勉強は、来世まで持ち越す勢いで先延ばしにしている男である。

「ちょっと見て、この赤ちゃん、すごい喜んでるッ!」

お湯に浸かった見知らぬ赤ん坊を前に、全力で悔しげな声をあげる。

「僕はまだ王子を満足させられてないのかもしれない…」

*・*・*

 

話は変わるようであるが、臨月の頃、私はいよいよお腹が大きくお風呂掃除が困難であった。でも湯船には浸かりたい。私は夫に頼んだ。

「ねえねえ、お風呂掃除やってくれない?」

「わかったよ」

だがやってくれない。夫はビールを飲むと、ごきげんシロクマ顏で爆睡してしまうのである。くそう…と思いながら足でスポンジを踏んで掃除をした日々。

だが今、その夫がノンアルコールビールで自主的禁酒までして王子の入浴に尽くしているのである。

*・*・*

 

「ayakoさん、沐浴をリビングでやるなら、このホースを買ったほうがいいかもしれない」

YouTubeでの研究が終わったあとは、Amazonでホースを物色している。この入れ込みようである。

まあでも仕方ない。いや当然ですらある。あの可愛さに叶うはずがないのだ。大きな二重。カールしたまつげ。あどけなく開いた唇。見つめられれば天にも昇る心地。私だって喜び勇んで月の石を取りに行くだろう。

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王子はかくも王子なのである。

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それ以外の何者でもない。

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Sweet+++ tea time
ayako

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