100パーセントの褒め言葉と、32年生きた男の余裕

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私は毎日お化粧をしている。

ナチュラグラッセのオーガニックコスメ。産後一ヶ月から、風邪で寝込んだ日以外は毎日である。

それにお洒落もしている。

キャスキッドソンの花柄のスカートをはき、自分で作った刺繍ピアスをつけている。

すべては純粋に自分のためであった。なぜなら夫は何も気づかない男である。日中行動しているのはポケモンのような一歳男児、散歩しているのはいつもの下町、行くのは肉屋と八百屋と児童館くらい。

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この日常のどこに、花柄のスカートや刺繍ピアスや化粧の見せ所があるだろう。皆無である。どう考えてもすっぴんTシャツがお似合いである。

だが私は日々謎のおしゃれを続けていた。継続は力なり。努力というのは突然実を結ぶ。期待していないときにこそ…

*・*・*

 

一歳を前後して、王子は少しずつ言葉を発するようになった。

ママ、パパ、ブーブー、ワンワン、ニャンニャンなどの王道初級ワードを基本として、一歳三ヶ月でその語彙は40単語くらいになった。私がボケーっとして皺を一本増やしている間に、すさまじい成長である。

そこで、奇跡は起きたのだ…

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私が花柄の服を着る。ローラアシュレイの花柄エプロンをする。するとどうだろう。

「キレ(イ)キレ(イ)」

花を指差してこうである。

私がお化粧をしてリボンのバンダナをつけた。するとどうだろう。

「ママ、キレ(イ)キレ(イ)」

こうである。

そのたびに鼻血を出す勢いで大喜びしているのは言うまでもない。

抱っこしたり一緒に遊んでいるとき、刺繍ピアスが目に入る。するとどうだろう。その小さな手で耳を指差し、目を輝かせてこうである。

「キレ(イ)キレ(イ)」

私は喜びの鼻血を出しすぎて貧血になるのではないか。

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王子は花の模様やリボン、ハート形のピアスを見ると、必ず褒めてくれる。まだこの世に生まれてついて一年ちょっとだというのに、乙女心が完璧にわかっているのだ。

*・*・*

 

先日、私がお気に入りのワンピースを着てお化粧をしていたら、この世に生まれついて32年の夫が言った。

「その服、かぼちゃの着ぐるみみたいだね」

さらに言った。

「初めてみる髪型だね」

いうまでもなく、昨日とまったく同じ髪型であった。

*・*・*

 

「もうさ、王子の方が優しくない?」

「そんなことはないよ」

胸を張って夫は言う。

「じゃあ私のこと全力で褒めてみてよ」

すると彼は数秒沈黙したあと、語気を強めて言った。

 

「キィッ!」

 

 

この世は不思議に満ちている。いやむしろ不思議しかない。

解き明かされない謎や事件は山ほどあり、科学では説明できない神秘が一見退屈な日常を覆っている。

「なに今の」

「だって王子が毎日やってるのってコレでしょ」

「・・・」

説明しよう。王子は一歳児である。それも一歳三ヶ月、体こそ大きいもののまだ赤ちゃんからキッズへ足を踏み出したばかりである。したがって彼の発音や滑舌はパーフェクトではない(そこがまた可愛い)

最近でこそだいぶ正確な発音になってきたが、基本はこうであった。

「キ(レイ)キ(レイ)」

つまり私は花柄や耳を指差され、「キィ!キィ!」と言われただけで、顔を赤らめ鼻血を出す勢いで歓喜していたことになる。動物園の猿の檻の前でも、幸福でぶっ倒れることができるであろう。

「僕だってこれくらい余裕だよ。キィッ!キィッ!」

夫は愉快に笑っていた。大きな肩をゴリラのように揺らして。

なぜ1歳児と同じ土俵で戦っているのか。

王子の「キィ!」は、持てる力を出し切った全身全霊の表現である。それは彼の知っている40語の中の、唯一の褒め言葉なのである。100%の愛がこもった「キィ!」なのである。

「もうさ、32年分の豊かな語彙で、言葉を尽くして、絶妙なタイミングで、大人の褒めを見せてもらわないと。あのツルツルでほやほやで可愛い王子に勝てるわけがないよ」

「そういうこと?」

息を吸い込み、語気を強めて「キィ!」と言い放った夫。32年生きた男の余裕。力を込めれば勝てるという理論。腕相撲ではないのである。

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夫に乙女心の理解を期待してはいけない。

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Sweet+++ tea time
ayako

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