二人暮らしを始める。他人と暮らすわけだから、ちょっとした習慣の違いが発生するのは、当たり前といえば当たり前である。
私も夫もそれぞれ一人暮らしをしていたのだけれど、25歳、一緒に暮らし始めたときは、やはり心配事があった。
夫が大食いであるということだ。
一人暮らしの頃、私は高級スーパーであるクイーンズ伊勢丹で買い物をしていたが、それでも一ヶ月の食費は二万円におさまっていた。お昼のお弁当も作っていたし朝晩も自炊していたが、いずれも小食なので大量に食材を買う必要がない。
だが、夫はデートで見ていても、凄まじく食べていた。お肉好きだし体も大きい。180cm以上、92キロ以上ある。ちなみに、身長に対して体重が重すぎることは今は問題としないこととしよう(大問題だが)
いくら下町に引っ越してきて安いスーパーが利用できるとはいえ、これは凄まじい量のごはんを用意しなければならないし、食費も相当かかるだろう。
いったいどうすればよいか?
私は苦悩した。明晰な頭脳はこのために用意されていたといっても過言ではない。すぐに名案を思い付いた。
カレーである。
夫は幸いカレーが大好きであったし、これは作るのも簡単でかさ増しも容易。
二人暮らし初めての夜、私は張り切って定時退社をすると近所のスーパーで特売のカレーのルーを買い、裏面に書いてある分量を無視して大量の水を投入した。
できるだけ水増しするのだッ!
ニヒルな笑みを浮かべて大鍋をかき回していた。
会社から帰宅した夫は照れながらリビングのドアを開けて入ってきた。キッチンの大鍋の前にはエプロンをつけた彼女がいて、家には美味しいカレーの匂いが漂っている。
「ayakoさん、ありがとう…!」
二人暮らしっていいな。当時26歳だった夫も、幸せをかみしめたかもしれない。
この後、ほぼ無味のスープカレーが真顔で提供されるなんて想像すらせずに。
そんな我々も二人暮らしを始めて3年と半年が経った。かさ増し大作戦はやめ、カレーもちゃんと分量通り作るようになったし、喧嘩もなく日々は穏やかに過ぎてゆく。
だが、問題というのは次から次へと出てくるものである。平和というのは一つの問題が解決して次の問題が発生するまでの、短く小さなポケットのようなものでしかないのだ・・・
先日、いつもと違う歯磨き粉を買った。ちょっとお高めだったけど、歯が白くなるかもしれないと思ってネットスーパーで注文してみたのだった。
「いつもよりいい感じかな?」
「そうねぇ」
90円の差に期待を込めすぎているという可能性はあるが、とにかく我が家の歯磨き粉はグレードアップした。
だがここで問題が発生した。
この歯磨き粉、キャップが異常に硬いのである。私はもともと非力タイプで、フタの硬い容器は大敵である。新しい歯磨き粉にも毎晩、四苦八苦していた。
そこで、もうキャップは閉めないことにした。閉めないで、軽く立てかけておいておく。
だが次の日になると、当然のようにキャップはきつく締まっていた。夫である。まあ、普通の人はキャップを閉めるものなので、これは仕方あるまい。なんでもコミュニケーションが大事である。コミュニケーション。私は夫に言った。
「今回の歯磨き粉さ、すごい硬くて開けられないんだよ。だからキャップを閉めないで立てかけておいておいてほしい」
「ayakoさんは非力だからねぇ」
「毎回大変なんだよ。お願い」
「はいはい」
夫はテレビを見ながら空返事をしていた。
翌朝のことである。
電動歯ブラシをセットして、さあ、と目をやるとキャップと硬く一体化した歯磨き粉があった。嫌な予感がした。
また締まっている。しかも異常にキツく。
私は渾身の力を込めて引っ張り、這々の態でキャップを外した。一回では取れないのでストレスである。早くいつもの90円安い歯磨き粉に戻したい。でも立て続けにしつこく注意するのも…と思い、この日は我慢した。
翌朝、またもキャップがきつく締まっていた。
私は泣きたくなった。我慢も限界だった。夫は大男だから、物が開けられない苦しみを知らないのだ。
私は歯磨き粉を持って、ドタドタと怒りの足取りで夫の寝そべっているリビングに向かった。
「ねえ!」
夫はiPhoneの画面から亀のようにゆっくりとこちらを見た。
「歯磨き粉のふたを閉めないでって言ったじゃん!」
私はさらに畳み掛ける。
「これ硬くて全然開けられないんだよッ!」
泣きそうになりながら、私は渾身の力でふたを引っ張って見せた。ビクともしない。
すると夫は近くに彗星でも落ちてきたかのような唖然とした顔で言った。
「そのキャップ、回すんだよ」
そうである。
もはや二人暮らしとか、全然関係がなかったよね。
Sweet+++ tea time
ayako
次回予告
明日は銚子旅行記の第2話、かわいすぎた銚子電鉄について書く予定です。(気分によっては変わります)お楽しみに〜!
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