人には価値観というものがある。
たとえば妹は衣服への信頼が厚い。奮発する。「丸井レベルの服なんて無理」とのたまっていたので、ユニクロなんてもってのほかだろう。銀座が大好き。高い服は見栄っ張りのアラサーOLを裏切らないらしい。
しかし旅行では夜行バスに乗る。友達が新幹線なのに、後から一人合流するという驚愕エピソードの持ち主である。伊勢丹の服を着て、早朝の京都の道端に投げ出され、駅で歯を磨き、泊まる宿はスパのリラクゼーションルームという女である。旅行代には異常なまでにケチなのである。
さて夫である。
言うまでもなく、食への信頼が厚い。奮発する。
もとよりそんな高級店に行っているわけではないが、ランチでもお酒や一品メニューを追加したり、ちょっと高めのものでも「せっかくだから頼んでみよう」という。
「ayakoさん、食べ物は必ず栄養になるし、裏切らないんだよ」
ヒレカツ定食が二千円もしたが、夫は余裕の笑みである。やたら有名な焼肉店で2万円近くしたときも、「これだけのお肉なら仕方ないよね」と満足げであった。肉への信頼が凄まじい。
一方で、衣服への予算は非常に低い。まずもって「服を買う」というフェーズに入るまでのハードルが高く、試着なんて山頂のはるか向こうである。店員が来ようものなら脱兎のごとく逃げ出す。あんなに大きなウサギもいない。
あるとき珍しく試着までこぎつけ、ズボンはとても似合っていた。せっかくの高身長である。「これ買おうよ!」値札を見ると2万円であった。久しぶりに買う服と思えば、そんなに高くもない。だが夫は泣きそうな声を出した。
「こんな高いズボン、絶対に買いたくないッ!」
先だって2万円近い焼肉を食べていたではないか。焼肉は一瞬で消えるが、このズボンは長く履ける。残るものである。しかし夫はズボンという「布」を何の未練もなく棚に戻していた。
腕時計の問題も一向に進展がない。
夫は黒い革ベルトの腕時計をしている。
「お、いい時計してるね」と褒められるたびに「そんな、全然高いものじゃないですよ」と答えているらしいが、これは謙遜ではなく事実である。結婚式の引き出物カタログで選んだ品で、おそらく三千円程度のものらしい。
「"高くない時計"って聞いて、ふつうの人が想像するのはきっと一万円くらいだよね」
夫はニヤついていた。だがしかし、合皮のベルトも傷んできたし確実に「ボロく」なってきた。
「そろそろちゃんとした時計を買わなきゃな〜」
しょっちゅう呟いている。
「今日お出かけ行くからちょっと見てみよう」私も提案する。
時計の値段というのはピンキリだけど、おしゃれなメンズアパレルショップでも1〜2万円台で十分すてきなデザインが並んでいる。
「これかっこいいじゃん!え、一万円もしないよ?」
値札を見てびっくりする。これは夫も買う決断をするのでは…
「まあ、今日はいいよ」
嘘だろう。
「私がプレゼントするよ」
結婚して4年も経つと、こういう台詞も無意味に宙に浮く。プレゼントも何も財布はけっきょく同じなのである。
だが私は諦めなかった。最後の説得を試みる。
「ちょっと待って、さっきのトンカツ屋はふたりで4,500円だったじゃん。トンカツ二回行くお金でこの時計買えるんだよ?」
「・・・・・」
明らかに、トンカツ二回を選ぶ顔であった。
「肉」に「布」は勝てないのである。
Sweet+++ tea time
ayako
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