写真と現実は常に乖離している。
私のiPhoneのカメラロールには、SNS用のおしゃれな朝食写真と、おぞましい腹をあらわにした夫の寝相写真が混在している。
だが、今日これから語る「地獄の船旅ツアー」ほど、美しい写真の皮肉を感じなかったことはない・・・
ピピ島を巡る日帰りツアーに参加してみたよ
タイ旅行4日目、何も知らない私たちは、ただ純粋無邪気に、楽しみにしていた日帰りツアーに参加した。
「楽しみだねぇ、ayakoさん!」
「ツアー予約してくれてありがとう!」
カオラックから早朝のバスに乗り、はるばるロイヤル・プーケット・マリーナまでやってきた。ちなみにどれくらい「はるばる」かというと、カオラックからプーケットまでは車で約2時間の距離である。
後々、この距離が命取りになることを、このときの我々はまだ知らない…
恐怖のスピードボート
この船がすべての元凶である。一見すると美しい港の写真だが、すでに震えてくるほどだ。
各国の観光客が、ワクワクしながら乗り込んでいく。
「ドキドキ…」
「ワクワク…」
船に乗る前、英語のアナウンスを聞く時間があった。「妊婦は絶対に乗ってはいけない」「必ずこれから配る酔い止めを持っていくように」などという説明が今思うとすべてを表していたが、日本の過保護なアナウンスに慣れている私はあまり気にかけなかったのである…
地獄の時間は突然始まった
陽気なタイ人のお兄さんに、各国の観光客。簡単なライフジャケットを羽織っただけで皆が向かい合うように座っている。もちろんシートベルトもない。いかにもラフな船旅である。
「ニコニコ」
「わくわく」
だが出発してまもなく、船は異常なほどにスピードを上げ始めた。「ホーラ、楽しい冒険の始まりダヨ!」と言わんがばかりのタイ人のお兄さんの笑みが怖い。
我々は秒でこうなった。
「気持ち悪い…」
「もう帰りたい!」
「ハハハ、船酔いの話か〜」とあなたは苦笑しているかもしれない。私も最初はそうだった。船酔いの薬も飲んだし、ガムも大量に持ってきていたので乗り切れるだろうと。たまたま波が荒いエリアなだけで、すぐにこの地獄時間も終わるだろうと。
だがこの恐怖の縦揺れはこれから1時間以上続くのである。
タイ人のお兄さんが「ヒャッホウッ!」と声を上げた数秒後、ドカンと音を立てて我々は打ち上げられ、凄まじい波を浴びたあとに叩きつけられる。つかまってもつかまっても尻が浮き、一同は数秒ごとに顔面蒼白で宙に浮いた。
「もうダメだ…」
「いつまで続くんだろう…」
ボート内は文字通りの阿鼻叫喚で、涙とゲロまみれの人たちの渦となる。
「Is he OK?(彼大丈夫?)」
タイ人のスタッフさんから心配されているのは、夫である。大男だが酔ったらしく、顔色が真っ青。
我々の心を去来する言葉はただ一つ。
ああ、なんでこんなツアーに参加しちゃったんだろう…
最初の観光スポット「マヤベイ」で途方に暮れる
恐怖の船旅は一時間ほどで最初の観光スポットへ到着。マヤベイ。なんでもディカプリオ主演の「ザ・ビーチ」という映画の舞台になっているらしい。
事前のツアー写真を見て「静かなビーチでゆっくりできるのかな…」などと思っていたが…
現実はこうである。
押し寄せるスピードボート群と、そこから大挙して降りてくる観光客に揉まれ、絶賛船酔い中の夫。ピースをして立っているがまったく笑っていない。
砂浜で猫を撫でている瞬間が、このツアーの至福のときとなる。
だが心の奥底には「10分後にはあの恐怖ボートに戻らなければいけない…」という懸念事項があるため心は上の空である。
唯一の期待「モンキービーチ」が裏切られた瞬間
さて、二つ目の観光スポットであり、この日帰りツアーで我々が一番楽しみにしていたのが「モンキービーチ」であった。
以前、ベトナムのニャチャンを旅行した時、モンキーアイランドでお猿さんに餌をあげ、至福のときを過ごしたことがあるからだ。
再び恐怖のガッタンゴットンを繰り返す中、尻を何度も船底に叩きつけられながら、我々は切に願っていた。
(これだけ揺れても、せめてお猿さんと触れ合えれば…)
だが唯一の希望はあっけなく裏切られた。
モンキービーチと呼ばれる海辺の周りには大量のスピードボートが押し寄せ、上陸がままならないばかりかはるか遠方で我々のボートは止まり、
「フォト!フォト!レッツテイクアピクチャー!」
米粒サイズの猿の写真を撮っておけ、と言われる。
「嘘でしょ…」
「お猿さんが遠すぎる…」
事前にネットで調べたときには確かに餌やりをしている人がいたのだが、観光客の増加にともない、爆揺れの船から撮影するのみであった。
「え?なんなのこの写真」と思ったかもしれない。だがこれがモンキービーチのすべてである。
モンキービーチが、終わった…
「ツアーをリタイアしたい」と交渉してみた
ピピ島の、昼食ビュッフェを食べる予定のビーチへと到着する。
だが私はもうツアーのリタイアを心に決めていた。このあとまだ別の島に寄り、シュノーケリングをし、また地獄の縦揺れで1時間スピードボートに乗る気力などもう1mmも残っていないのだ。
タイ人スタッフさんに相談する。
「酔ってしまい体調がすぐれないので、別の船で帰りたいんです」
すると大きな船で2時間かけて帰ることができるという。チケット代は別にかかるが、その船は揺れないしトイレもあって快適らしい。
「それでお願いします!」
「チケット代払います!」
だがタイ人スタッフさんはチケットカウンターから戻ってくると、私たちの滞在ホテル名を聞き、絶句した。
「カオラック…Oh…」
首を横に振りこう言った。
「ここから別の船で戻り、さらにプーケットからカオラックまでタクシーに乗ると、莫大なお金がかかる。とんでもない金額だ。もったいない。私たちと一緒にスピードボートで帰るのが一番いい。追加料金が一切かからないし、リーズナブルだから」
「・・・・・」
「・・・・・」
確かにタイバーツでは「莫大なお金」であるが、日本円にしてみれば東京で終電逃して乗るタクシー代に等しい。全然払える。だが小心者の私は言えなかった。
「No problem. We have money(大丈夫、お金はある)」
などという馬鹿げた英語しか浮かばなかったのである…
ああ、なんと美しい風景。写真とはどうしてこうも残酷なのであろうか…
ビュッフェは喉を通らず、帰りの船のことで頭いっぱいの我々はただ呆然と島を歩いていた。
「帰りはまたあのボート…」
「早く陸に帰りたい!」
絶景のバンブー島はトイレの記憶しかない
最後に立ち寄ったバンブー島。ものすごく美しい島だが、ここも中国人観光客で大混雑であった。
私は屋外にある唯一のトイレに並んだのだが、トイレの前の不衛生な水たまり(そこを通らないとトイレに行けない)、脇からニョッキニョッキと現れたアルマジロ的動物という二大衝撃に打ちのめされ、何も覚えていない。
去来する思いはただ一つ。
早く陸に帰りたい…!
まとめ
タイ人スタッフさんに促され、精一杯ピースをしているが全く笑っていない夫婦。
この後、帰りのシュノーケリングスポットで海に潜った夫は、巨大なウニの針が足に刺さって激痛に苦しむこととなる(もちろん私はひたすら船にしがみついていた)
陸に足をつけた瞬間の、喜びは忘れられないよね。
次回は、本当の幸せに気づいた私たちの晩ごはん日記である!
▽第8話へつづく▽
Sweet+++ tea time
ayako
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