夏が終わって寂しいときは、吉本ばなな著『N・P』を読もう

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夏が終わるって、なんでこんなに寂しいんだろう!?

全然夏を満喫できずに過ぎちゃったなぁというあなたにも、夏を懐かしく振り返りたいというあなたにも、とびきりおすすめの一冊がある。

吉本ばなななさんの小説『N・P』である。

『N・P』はひと夏に起こった奇妙な物語である

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あらすじを超簡単にいうと、「呪われた一冊の本を巡る、奇妙な夏の物語」である。

その昔、アメリカに住む冴えない日本人作家が『N・P』という本を出版した。一時期ヒットしたこの本には97の短編が収められていたのだが、とある日本人翻訳者が非公開の98話目を発見した。が、翻訳している最中に自殺をしてしまう(ちなみに作家自身も、48歳で自殺をしている)

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その翻訳者と当時付き合っていたのが、主人公の風美。作家の残した二人の子ども、咲と乙彦。さらに隠し子、萃(すい)。日本で奇妙な出会いと再会を果たした4人の若者たちによって繰り広げられる、ひと夏の出来事。それがなんともいえない幻想的で美しい描写で綴られる…

そういう話である!(雑な…)

ストーリーもいいけど、夏の描写がたまらない!

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もちろんストーリーも奇妙でミステリアスで引き込まれる感じなわけですが(途中さらに99話目が発見されたりもする)、いかんせん風変わりな話なので好き嫌いはあると思う。

しかしそれは問題ではないのである!

この小説の隅々に描かれる夏の空気感、それが凄まじくいいんです。とんでもなく夏そのものなんです。涼しくなるとすぐに「夏ってどんな感じだっけなぁ」と思い出せなくなっちゃう単細胞の私でも、脳内にくっきりと夏が立ち現れるのだ。

特に好きな描写シーンを、ちょっと抜き出して紹介してみよう。

夏の始まり編

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  外に出ると、本当にいちいちわくわくした。強い日差し、光るアスファルト、静止する木立の濃い緑。

 深呼吸する私に、
「今わくわくしてるでしょう。」
 といって咲が大きなひまわりみたいな笑顔を見せた。陽の中でまぶしく、きれいな笑顔だったので、私は目を細めた。

 夏がやってくるのだ。

物語の序盤である。

風美が咲と出会って、二人で一緒に大学の食堂を出たシーンである。夏の始まりの透明でわくわくする空気感がそこここにあふれている。

夏真っ盛り編1

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 その午後、私は上機嫌だった。休みだったので昼まで寝て、洗濯をした。洗濯物を干して、ベランダでまた昼寝をした。そして、ショッキングピンクのTシャツに、短パン、素足に革のサンダルというご機嫌ないでたちでお金をおろしに出かけた。こんな格好で町に出られるめでたい季節は夏だけだ。薄いビニールのバッグに、さいふひとつ入れて歩いていた。

 目を開けていられないほどの、ぎらぎらの日差し!

 濃い緑のしたを歩いているだけで笑みがこみあげてくるくらい楽しかった。

きゃー!!!

まさにこれ。これぞ夏の醍醐味であるッ!身軽で、陽の光が隅々に行き届いていて、とにかく愉快な感じ。

このシーンの風美は夏の私そのものである。短パンこそはかないが、めちゃくちゃ笑みがこみあげたまま、炎天下を歩いてますから!(不気味)

夏真っ盛り編2

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(風美が萃の車に乗ったところ)

 むっと暑い車内、フロントグラスからは真っ白にかーっと光った一本道だけが見えた。ビルも並木もまぶしかった。2人ともサンダルに短パンで、光に照らされた白い腿が並んでいて、一瞬、浜辺にいるような気がした。

「海辺みたいね。」
 と萃がいい、私をどきりとさせた。

(中略)

机の上に広げたノートや、開けっぱなしの窓、飲みかけの麦茶、ほしっぱなしの洗濯物。私の、マリーセレスト号みたいな部屋をなんだか恋しく思った。

指からこぼれ落ちるような季節の感覚をくっきりなぞるような描写に、もはやため息しか出ない。夏の車の強烈な暑さ、日差しの感じ、夏の部屋の風景。まだ9月の初めだというのに、すべてがもう懐かしすぎて…

どんなに暑くて歩くのがしんどくても、やっぱり私は夏がダントツで好きな季節だと確信する。

この夏真っ盛りな2シーンはいちばん好きな描写で、もう何度も何度も読み返している。

夏の終わり編

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真夏の1、2週間は不思議だ。永遠に変わらないような日差しの中で、いろんなことが進展していたりする。人の心や、出来事。そうしているうちに、秋が牙をといでいる。時間がたたないなんて錯覚だったというふうに、ある朝突然冷たい風や高い空で思い知る。

そう、まさにこうやって夏は過ぎ、秋は容赦ない強盗のように季節を奪っていくのだ。

こんなに夏を感じられる小説って他にあるだろうか!?(興奮)

他にも夏の描写は無数にあるのだが、特に心に響いてやまない4箇所を紹介してみた。

まとめ

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小説ってあらすじを一回知ったらまた読んでもなぁ…と思う人も多いかもしれない。でもそうじゃない一冊もある。ずっと本棚に入れておいて、折に触れて取り出しては、詩集みたいに描写を味わいたくなる一冊も。

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過ぎた季節を愛おしむ読書って、すてきだよね。

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Sweet+++ tea time
ayako

今日の一冊

 

ちなみに最後は海辺で焚き火をするところで終わるんですが、まるで映画のワンシーンみたいに美しくて最高です。紙の本は絶版なので中古のみですが、Kindleもあります。

▶︎『N・P』 (角川文庫)

▶︎『N・P』(Kindle版)

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