先日の健康診断で181cmあらため182cmとなった大男の夫は、恥ずかしそうに言った。
「ayakoさん、今日はトトビッグの結果がわかる日なんだ…」
「へえ」
「今回は10億円だから、もちろん僕も買ってるんだよ」
もはや当たった勢いではにかんでいた。
トトビッグとは、宝くじみたいなやつらしい。夫と一緒に暮らすまで、存在すら知らなかった。
夫はこの手のくじ引きが大好きだ。対する私は一切買わない。宝くじも買わないしUFOキャッチャーもしない。そのお金でほしいものを確実に買いたいと思う、夢のない女である。
さて、私たちは早めの夕方、大好きなお好み焼きを食べに行った。
△喫茶店みたいなお好み焼きやさん
鉄板のうえで野菜や豚肉のかたまりが焼けるのをじっと見ながら、夫は言った。
「さっき結果を見てみたんだけど、まだだったみたい」
またトトビッグの話である。
「ネットで見れるんだ?」
「そうだよ」
「楽しみだねぇ」
「10億円当たったら、家と車と猫を買い(飼い)たいなぁ」
夫は満面の笑みを浮かべて、10億円なくても実現できそうな話をした。
「というか、家と車と猫しか欲しいものがないなぁ…ayakoさん、何かある?」
「う〜ん。私もないかなぁ。車があったら便利そうだけど、私は運転できないしなぁ…」
「大丈夫だよ。10億円当たったら、僕も365日家にいる予定だから、常に運転手付きだよ!」
「そっか!」
私たちは笑った。
思えば前に「宝くじが当たったらどうしよう」編を考えていたとき、夫は 会社を辞めるかわりに別の仕事をすると言っていた。
「一日中家でごろごろしてるのも退屈だろうし、何かアルバイトでもしようかな〜」
「ちょっと変わったアルバイトとか?」
「いや、コンビニがいいかな。家の近くの!」
夫は満足げに頷いていたが、結論としては「10億円当たったらコンビニでバイトしたい」ということになっていた。
あるときはアルバイトではなく、「バーテンダーとかやろうかなぁ…」と夢想していた。
「バーをやるの?」
「そう。カクテルとか振っちゃう」
「お酒好きだし聞き上手だから、案外向いてるかもねぇ」
てきとうに相槌を打っていると、夫はハッとした顔をして言った。
「そうだ!柴犬も飼って、柴犬バーをやるよ!」
猫カフェならぬ柴犬バー!夫は張り切っていた。
「でも、夜に柴犬一匹が接客を請け負うのも大変だよね…みんな触りに行っちゃうかもだし…柴犬が寝不足になってしまう…」
夫は真剣に悩んだすえ、ハッと閃いてこういった。
「柴犬を二匹飼って、シフト制にしよう!」
もちろん宝くじは当たっていない。
夫がコンビニでバイトすることもなければ柴犬二匹がシフト制で働くこともなく、日々は淡々と過ぎていく。
この日、夫はお好み焼きを手際よく切り分けながら、こう言った。
「この当たっちゃったらどうしよう!?を考えるために、買ってるようなものだからね〜こういうのって。楽しんで考えなきゃ」
子どものようにワクワクしている夫の表情を見ていると、確実に手に入るものしか買わない自分って、つまらないやつだなと思った。
「お楽しみ代」ということなのだ。思えば、今までも夫の買った宝くじやトトビッグで、楽しい妄想を一緒にたくさんしてきたなぁ。
10億円目当てじゃないのだ。親しい人と楽しい想像をする、そういう目に見えないものにお金を払える。そんな夫の余裕というか懐の広さに、ちょっとだけ尊敬の念を抱いた。
私たちはこの日も美味しいお好み焼きを食べ、お酒を飲み、トトビッグの妄想話で笑い、上機嫌で帰途に着いた。
夜である。
刺繍部屋で黙々と作業をしていると、夫がiPhone片手にやってきた。
「ayakoさん、トトビッグ、外れてたよ…」
ものすごく絶望していた。
完全に10億円目当てだった。
まさにである。
ちなみに、この日記を書くにあたり、私は「トトビッグ」のことを3年以上ずっと「トトピッグ」と勘違いしていたことが判明した。夫はお腹を抱えて笑っていた。
「なんなの!?トトピッグって!豚ってこと!?」
ソファの上、丸まって笑う夫はまさにトトピッグであった。
(この日記が夫に読まれませんように…)
Sweet+++ tea time
ayako
次回予告
数年ぶりに微熱を出すという限りなく微妙な体調不良によってお休みしていました。見に来てくださっていた方、すみません!
明日は大好きな街「神保町の楽しい休日」について書く予定です。
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