4月は義母の誕生日があった。
「今年のプレゼントはどうしようねぇ」
「今日は街に行くから、ちょっとデパート見に行くか」
3月某日、私たちは渋谷に用事があったので、そこで義母の誕生日プレゼントも探そうという話になった。
義母は身長も高くとてもお洒落な人なので、私や夫が独断でヘンテコなものを買うわけにはいかない。さっそくLINEで「お誕生日に欲しいものはありますか?」と聞いてみた。
「なんでもいいよ」と答えると私たちが困ると思ったのであろう、優しい義母からこんな回答がきた。
オードトワレがいいかしら。
いつもはカルバンクラインのエタニティを使っています。爽やかなやさしい香りがいいです。ayakoさんが好きだなと思うものがあれば選んでください。
ほう、と私は思った。
受験生の頃、英文読解の問題で分からない単語が多いとパニックになったものであるが、今まさにそれが母語において発生していた。
オードトワレ!カルバンクライン!エタニティ!
すべてが初出の単語であった。初対面の単語たちが盆踊りのごとく脳内でクルクル回っている。
夫に内容を読み上げて伝えた。すると彼のしろくまフェイスにも大きな「?」が浮かんだ。
「オードトイレ…え?」
トイレではない。
「これはたぶん香水みたいなやつだよ」
「オード…」夫は最初のワードでまだつまづいていた。
さて、私は考えた。
“文中でわからない英単語に出会ったときは、前後の文脈から推測する”
これは英文読解の基本中の基本であろう。
「爽やかなやさしい香り」というわけであるから、オードトワレは香水の一種。カルバンクラインはたぶんブランド名。エタニティはその香りの名前。
わかった…わかったけどわからない!
なにせブランドものも香水もまったく縁のない日々である。実家の母などシャネルの香水のフタを開けてトイレの芳香剤として使っているくらいだ。今回のプレゼント選びは難易度が高いぞ…私はネットで「オードトワレ」「オードトワレ ブランド」などとググって準備を始めた。
さて、このとき我々はまったくもって非おしゃれな渋谷の餃子屋さんにいた。食べ終わったらデパートを覗いてみよう、という話になりしばし歓談していた。
餃子ランチを終えると、夫は膨らんだお腹をさすりながら言った。
「じゃあ、オートクチュール、見に行こうか」
オートクチュール!
私はお腹を抱えて笑った。「オードトワレだってば」
「あ、そうか、オード、オードトイレ…」
「トワレ」
「トワレか。そうだそうだ、オードトワレ」
その後も夫は「オードトワレ」と 「オードトイレ」の間をいったりきたりし、ときどき「オートクチュール」になって私を爆笑させた。
「そもそも『オートクチュール』ってなんだっけ?」
夫のことを笑っていた私もはて、と思った。思えば知らぬ。
「フランスのさ、高級な洋服のあれだよ」
「ふうん…」
そんなこんなで、オードトワレにもオートクチュールにも縁遠い我々は渋谷の東急に行ってみた。
が、いまいち雰囲気が違う気がする。客層も若い気がするし、なんとなく狭い感じ。いつも義母のプレゼントは銀座の三越で選んでいるので、やっぱり同じデパートといっても銀座の方がいいんじゃないか、という気がする。
化粧品売り場を一周して、再度の作戦会議である。
私は提案した。
「やっぱり銀座か日本橋の三越を見てみようよ。それか伊勢丹とか」
「いや、デパートは一緒なんだから渋谷でもいいはずだよ」
夫は何やらiPhoneでいろいろ調べている。
「う〜ん…東急にはやっぱりないのかも…渋谷には西武もあるからそっちも調べてみるよ」
頼もしい。こうやって素早く調べてくれるところも、頼りになるよね。結婚してよかったなぁ。私は満面の笑みで夫のリサーチ結果を待っていた。
すると彼はうわぁ、と絶望して言った。
「だめだ。渋谷にはないよ。東急も西武もだめ!渋谷にはオードトワレってお店は一つもない!」
そんな店は日本中どこにもない。
あろうことか、夫は「オードトワレ」というブランドが存在すると思い込んでいたのである。
まさにである。(反語)
渋谷の東急で勇気を出していろんな「オードトワレ」の香りを嗅ぎ、無事に買えたシャネルのオードトワレと一緒にプレゼントしたパンケーキカード。
パンケーキカフェの中からパンケーキが出てくるのです。
大変間抜けなプレゼント選びであったが、優しき義母はとても喜んでくれた。感謝しかないね。
Sweet+++ tea time
ayako