自販機の前で夫と飲み物を選んでいた。旅行帰りの東京駅、駅のホームである。
「なんか喉乾いたよね」
「りんごジュースにするかなぁ」
すると、ご年配の女性がおもむろに私たちの前に立った。そして言った。
「きれいね」
まっすぐに私を見ていた。思わず「え?」と首をかしげると、もう一度言ってくれた。
「きれいねぇ」
そしてまっすぐに私を見ている。
私は冷静にこの状況を分析した。
ありがたいことに、時々そう言って外見を褒めてくださる人もいる。私は顔が丸いが、丸顔は老人から人気が高いのだ。基本的におばあさんやおじいさんから褒められる。
「いえいえ、そんなことないですよ〜」みたいな照れ笑い謙遜用の表情を作りかけていた。が、思いとどまる。
なぜなら私はスッピンだったからである。
すっぴんで出歩くことは滅多にない。が、その日はたまたま温泉に入った帰りだったのだ。化粧を落とすと別人になると昔から家族に指摘されていた私である。うーん。
微妙な沈黙を経て、私は勇気をだして質問した。
「えっと、何がですか?」
もちろん、「あなたよ〜」と笑って返されることをほぼ予測しながらの質問である。
「あなたよ〜」
「ええ!私ですか!?」
「若いっていいわねぇ〜」(若くはない)
「いや、そんな、全然です〜うふふ」
みたいな軽妙な会話の流れすら予測していた。
するとご年配の女性は「これよ」と言って、ビシッと指差したのだ、
目の前の自動販売機を。
え?
でも確かに自動販売機を指している。
「この、ジュースたち。ほんとにカラフルで美味しそうよね」
私は脳内で大量の汗を流しながら、とりあえず合わせた。
「そうですね、おいしそうですよね〜!」
勘違いをした恥ずかしさと、驚きと、間違って「そんなことないですよ〜」と照れ笑い謙遜用の笑みでこたえなくてよかったという安堵と。様々な感情が忙しく行き来する。
「でも実際の味は大したことないのにね!」
「え?」
驚きに次ぐ驚き。
「ほら、このジュースのパッケージって、作り物なのよ。美味しそうなリンゴの写真でうまいことデザインしてるだけ。中身は美味しくないのに。さっきもこのリンゴのジュース買っていった人がいたけど、意味ないわ。広告代なんだから」
まくし立て、今度は自動販売機のジュースパッケージにご立腹の女性である。
隣を見ると、夫も呆然としていた。
「そ、そうですよね〜」
適当に相槌をうちつつ、私たちが後ずさっていったことは言うまでもない。
さて、帰りの電車はもちろんこの話である。
「ちょっと変な人だったね〜」
「てっきり、ayakoさんの外見を褒めてくれてるんだと思ってたよ…」
ここにもいたのだ。勘違い星人が。
自分の妻を褒められたと思い、「妻を褒められた夫」に相応しい照れ笑い謙遜用の表情をつくりつつ「そんな〜」と言いかけていた夫の姿が脳裏に浮かぶ。
だが現実は褒められたのは自分の妻ではなく駅の自動販売機(に入ってる缶ジュースのパッケージ)であり、罪のないリンゴジュースの悪口まで聞かされる羽目となった。
混んだ電車でつり革につかまりながら、二人とも、気持ちはひとつ。
「喉かわいたなぁ」
リンゴジュースを買う、それがこんなに難しいことだとは。人生思い通りにいかないとは、まさにこのことである。
もちろん、そんなこと覚えていない。
リンゴジュースおばさんの印象が強すぎて、旅の感動もふっとんだよね。「旅は思い出」である。
Sweet+++ tea time
ayako