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Life&Journey

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「喜びと悲しみの数は同じ」「幸せと不幸は半分ずつ」の法則

暮らしのWEBエッセイ《小さな幸せ》

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「人生の幸せと不幸は半分ずつある」とか、「喜びと悲しみの数は同じ」とか。
みなさん、そういうの信じますか?

私はつい最近まで思ってました、「正直それって違うんじゃないの?」

だってどう考えても不幸より幸福の方が多そうな人がいて、その逆もある。生まれた時から容姿も頭も性格も運動神経もよくて家がお金持ちで家庭環境も良好、本当に「幸せいっぱい」な人生を送る人がいるかと思えば、端から見て「不幸としか言いようがない」人生を送る人がいる。

なんで神様はもっと平等にしてくれないんだろうなあ。なんだかなぁって瞬間だ。

 

「なんだかなぁ」って思う瞬間は無数にある

例えば冬の朝、寒空のした学校に通う子どもの姿を見ているだけでも、質の良さそうな洋服に季節に合わせてちゃんとコートから手袋マフラーまで着せてもらってあったかそうな格好で歩いている子がいるかと思えば、髪もボサボサだし見るからにあんまり愛情を注がれていなさそうな薄着の子どもが歩いてて。なんだかなぁって。

でもまあ、私はだいぶ勘違いしていた。と今は思う。

「幸薄い人生」という言葉はあるけれど、厳密に言えば、外側からこのひとは「幸せの数<不幸の数」とか決められるわけがない。もちろんその逆も。誰かのことを幸せだと決めつけるのも不幸だと決めつけるのも、同じくらい失礼で的外れなことかなあ、と。
それで冒頭の話に戻るんだけど、「人生の幸せと不幸は半分ずつある」とか、「喜びと悲しみの数は同じ」っていうのは、もっと深くて面白い、ひとりの人間の中の話なんじゃないかな。

 

例えば「女の結婚」、2つのケースのどっちが幸せ?

  1. 「すごく大好きな人と巡り会えて相思相愛になって結婚なんかしたりして、一生をそのパートナーといきてゆくことができる」女の人
  2. 「昔ならお見合い、今なら婚活の結果とにかく結婚したんだけど最悪の夫でもう一生イライラしながら過ごすことになる」女の人

この二人のどっちが幸せでどっちが不幸か?

そんなことはわかるわけもないんだよね。1の人には100円が与えられて、2の人には10円が与えられた。100>10だから、2の人の方が幸せが少ない=不幸だ、とか小学校の算数みたいなことにはならない。なぜなら100円硬貨にも表と裏があって、10円硬貨にも表と裏があるからだ。

 

喜びと悲しみはいつもセット。単品メニューはない

本当に大好きな人と巡り会えてすっごく幸せな日々を送っている人には、必ずその人との別れの恐怖がつきまとう。最愛のひととの出会いには、病気であれ事故であれ、その人やその人との幸せな生活を失う瞬間への恐れと、実際に失ったあとの深い悲しみがセットでついてくるんだよね。逆に言えば、「別に全然好きじゃない夫」にうんざりする妻の場合、別れの瞬間への恐怖もなく、むしろそこには未来への希望があるかもしれない。

喜びのうしろには悲しみがくっついていて、「不幸」に見えることの裏には「幸せの種」が隠されている。そういう意味で、やっぱり人生のうちの喜びと悲しみは同じ数なのかもしれない。

なんて思っているんだけど、どうだろう?

 

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他人のコインの額面なんて気にしてないで。自分の手持ちのコイン、表も裏も面白がることができたら、人生はきっともっと愉快になるね。

 

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ayako